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2021.07.08

PLASTの子ども事業の成り立ちとヒミツキチ

PLASTに子ども事業が立ち上がったのは、茹だるような猛暑の盛り2017年8月1日でした。

 

 

これまでによく「なぜ神戸長田のPLASTで子ども事業をはじめたのか」と聞かれることがありますが、私はただただ「もし神戸長田に地域医療、福祉が行き届いていない障害児とその家族がいるのなら、力になりたい」そう考えただけです。もし、全ての障害児とそのご家族が「必要ない」と言われるのであれば、それはそれでよかったわけです。

 

つまり、元々、長田で社会問題になっていたわけでも事前のマーケティングによって、ビジネスとして成功するという算段があった、というようなことは一切ありませんでしたし、必要とされるものが、リハビリではないなら何でもするつもりでした。

 

しかしながら理学療法士でしかない私が必要とされるとすれば、リハビリテーションの提供以外に手段を持っていないのが事実でした。

 

プラスト訪問看護ステーションでの小児リハビリテーション

 

入職と同時に訪問看護ステーションに所属しました。当時は看護師3名、療法士も私を含めて専属は2名でした。当然、小児領域対象の依頼はなく、関係各所への挨拶回りをしていました。

 

しかし、当時の神戸では「在宅におけるリハビリテーション(のちにご紹介する重症心身障害児デイサービスなども)」が十分には普及しておらず、行政、療育センター、病院等々でその業務内容や対象となる児童に関する説明を1から行う必要がありました。

 

何とか認知してもらうために、様々なコミュニティに参加し、SNS、近隣の医療関係者を呼んでの勉強会などで発信し続けました。

 

 

数ヶ月間、依頼はありませんでしたが、同僚の建元からは「小児の依頼が来るかもしれないから、訪問スケジュールに余裕を持っておきましょう。その分、自分が訪問周ります。」と言ってくれたことに感謝と申し訳なさを覚え、奮起していました。

 

 

入職して4ヶ月後、「諸事情により、リハビリを受け続けることができなくなった。もし自宅まで来てくれたら助かる」とお声がかかり、12月の寒空の下で「やっと何か役に立てるかもしれない」と興奮していました。

 

その後、ご家族からの口コミで依頼が一気に増えていきました。どのご家族も「重症心身障害の子どもたちは通園や外来に行くことは簡単ではない。訪問でリハビリを受けられることを今回初めて知った」と口を揃えて仰っていました。その頃には同僚の菴原と毎日重症児の在宅医療福祉について頭を悩ませていました。

 

 

新年度を迎える頃には、前職で支援学校に勤務していた女性看護師の田村(現:岸野)が入職してくれました。彼女の仕事に対する情熱や真摯な対応はまさに私たちが目指す重症児の在宅医療福祉を体現してくれていました。

 

看護師田村がPLASTに参加してくれたことによって、現在、運営されている子ども事業とその派生事業*(訪問看護リハビリ、重症心身障害児向けデイサービス ヒミツキチ、企業主導型保育園 ジャングル・ラボ、おやこふらっとながた、就労支援B型:久遠チョコレート神戸)の、「わたしたちにできることは全部やろう、全部やりきってみせる」というテーマが完成しました。

 

 

*これまで、リハビリテーションを生業にしていた私が保育士の資格を取って保育園設立に携わり、研修を経てショコラティエになってチョコレート店オープンに一役買うことができるとは想像もしていませんでした。

 

 

重症心身障害児向けデイサービス ヒミツキチ

 

2018年に私たちは、1人の重症心身障害の男の子とそのお母さんに出会いました。お母さんは覚悟を決めた声色で「私たちは家にいることしかできない。長田には居場所がない。この子を預かってくれる場所がない。この子を預かってくれる場所を作って欲しい。私はもう疲れました。」と力なく訥々と語ってくれました。

 

しかし、私たちの心を突き動かすには十分すぎる声でした。私たちは男の子とお母さんはどんなサービスが必要なのか、どうすれば”居場所”を提案できるのか思案し、直ちにヒミツキチの事業計画を作成しました。当時、重症心身障害児のデイサービスを設立する際に「事業所数が少ないから集客できる、定員は5名だからラク、人件費がかかるが、単価が・・・・」という外部からの雑音が聞こえました。しかし、私たちにはどうでも良かったです。

 

私たちは、やれることを全てやりたかっただけであり、ヒミツキチをその男の子1人が利用するのであれば、やり続ける覚悟をなぜか持っていました。もし赤字が続いたとしても、空いた時間に収益を補填する何かができるという根拠のない自信もありました。

 

 

このような経緯で始まったヒミツキチですが、順風満帆ではありませんでした。設立したものの、誰1人として重症心身障害児向けデイサービス業務の経験者がおらず、業務に忙殺する日々をスタッフに追わせてしまうことになりました。しかしそれでもスタッフの話題の中心には利用者とその家族がいつもいることが、私は誇らしく、何よりの報酬となっていました。

 

ヒミツキチ設立から1年が経ち、とても優秀な管理者である中(現:政田)が入職してくれ、彼女がまさにひとつのチームとしてまとめ上げ、ヒミツキチを現在の「利用者にもスタッフにも優しい施設」というまさにスタッフの想いを形にしてくれました。

 

ヒミツキチの夢

 

ヒミツキチには夢があります。それは、午前中から夕方までの1日開所を達成*し、現在ご利用されている利用者とそのご家族にさらに多くの「子育て選択肢」を提案することです。そしてその先に18歳以降にご利用していただける生活介護施設を併設することで、真のFamily centered sirviceを実現することです。

 

このヒミツキチの夢については、また今後、別記事でご紹介したいと思います。*現在(2021年7月)、ヒミツキチは午後のみの半日開所で運営を行なっています。

 

果たして、私たちPLASTの身の丈にあった挑戦になっているのか、スタッフの想いは置き去りになってはいないか、利用者ファーストの真意を履き違えることなくやれているのか、いつも自問自答を繰り返しながら、それでもとにかく「わたしたちにできることは全部やろう、全部やりきってみせる」を体現してきたつもりのヒミツキチです。これからも皆々様のご理解とご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

 

この記事では紹介しきれない子ども事業に関わるスタッフもたくさんありますが、それはインタビュー記事等を覗いてみて下さい。

 

 

此上剛健

 

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